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神戸地方裁判所 昭和42年(タ)28号 判決

原告 大原美紀子

〈ほか二名〉

右訴訟代理人弁護士 井藤誉志雄

同 藤原精吾

被告 神戸地方検察庁検事正 岡正毅

主文

原告らが、いずれも国籍中華人民共和国・最後の住所○○市○○○○三丁目一五番一二号、亡王貞方の子であることを認知する。

訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、原告らの生母訴外大原喜代子は日本国籍を有する者であるが、昭和三五年六月ごろ主文第一項に掲げる亡王貞方と内縁関係を結んで神戸市○○区○○町三丁目二〇番地で同棲しているうちに、同人の子を懐妊して、昭和三六年二月二六日原告大原美紀子を、昭和三七年一〇月二二日原告大原美佐を、昭和四〇年八月一六日原告大原美智を各分娩し、原告らは、いずれも日本国籍を取得し、生母訴外大原喜代子の戸籍に入籍した。しかるに亡王貞方は、原告らを認知することなく昭和四一年七月一一日死亡した。よって原告らは、いずれも右亡王貞方の子であることの認知を求めるため本訴に及んだと述べ(た。)立証≪省略≫

被告は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告らが請求原因として主張する事実の中、訴外亡王貞方が中華人民共和国籍を有すること、原告らがその主張の日に各出生したこと、右王貞方が昭和四一年七月一一日死亡した各事実は認めるが、その余の事実はいずれも知らないと述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によると、訴外亡王貞方が中華人民共和国の国籍を有すること、原告らがその主張の日にいずれも日本国籍を有する訴外大原喜代子を母として各出生し、原告らも日本国籍を有すること、右王貞方が昭和四一年七月一一日死亡したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二、ところで、原告らは、亡王貞方の子であることの認知を求めるものであるから、認知の実質的成立要件については法例第一八条第一項に規定されており、右法規によれば、認知の当時における各当事者の本国法に準拠すべきことが明らかであるが、前記のように、右王貞方は昭和四一年七月一一日に死亡し、本件認知の当時、父の本国法をみいだすことができないから、右王貞方については、右死亡当時の本国法を準拠法と解するのが相当である。

そこで、まず亡王貞方の準拠法たる中華人民共和国の法律についてみるに、現に中華人民共和国との間には正式の国交関係がなく準拠法規自体必ずしも明らかではないが、一九五〇年五月一日施行の中華人民共和国婚姻法第一五条によれば、「婚姻によらないで生れた子は、婚姻によって生れた子と同等の権利を有し、何人もこれに危害を加えたり又は差別したりしてはならない。婚姻によらないで生まれた子について、その実母又は他の人的、物的証拠により、その実父が証明されたときは、その実父は、子の必要とする生活費と教育費の全部又は一部を、その子が一八才になるまで負担しなければならない。」とあって、出生によって法律上当然親子関係の発生を認める主義つまり血統主義をとるもののように解され、親子関係の発生を認知にかからしめたと認めるに足る何らの規定も存しないので、他の格段の資料のない限り、前記の法規範をもって本訴における亡父の準拠法と解する外ない。そうすると認知さるべき子の準拠法たる日本国民法上父の死後の認知が認められるとしても、他方認知すべき父の準拠法である中華人民共和国の婚姻法に認知の制度がない以上、認知を求める本訴は一応不適法と解する余地がある。然しながら前記中華人民共和国婚姻法の婚姻外の子についての規定は、認知という制度をまつまでもなく、客観的な事実関係に父子関係の存否を依存せしめる趣旨であって認知制度を積極的に排斥するものではなく、認知をたんに不必要とするに過ぎないものと見るのを相当とするから父子関係の存否を明確ならしめるための必要が存する場合には子が、認知の訴を提起することを認めることは、右規定の精神に反するものではなく、したがって何らこれを排除すべき理由はないものといわなければならない。また、親子関係の発生要件に関し血族主義をとると認知主義をとるとを問わず法の精神が、婚姻外子の保護にある以上、父の死亡の如何を問わず、その利益の存する限りその訴求を認めるべきであることはいうまでもないところであり、これを認めるとしても、前記中華人民共和国婚姻法の精神に反するとも思われない。ただ、その訴求に当っての具体的な法規の明らかでない本件にあっては、よろしく条理に準拠していくのが相当であると解する。

これを本件についてみるに、父の死後、三年以内に公益の代表者たる検察官を相手方として、認知の訴を提起することができると解するのが最も条理に妥当したものであるといえよう。

されば、本件各当事者の準拠法によれば、本件認知の訴は適法であるということができる。

よって以下原告らの請求の当否について判断するに、前記王貞方が中華人民共和国籍を有すること、同人が昭和四一年七月一一日死亡したこと、原告らがその主張の日に各出生したことは前記認定のとおりであり、≪証拠省略≫を総合すれば、原告らの生母大原喜代子は、昭和三六年六月一二日ごろ訴外亡王貞方と事実上の婚姻をして以後同訴外人の死亡まで同棲する内に原告らを次次に懐姙し、その結果原告らがそれぞれ主張の日に出生したこと、同訴外人は原告らを自己の子と認めて愛育していたが原告らを自己の子として認める手続をしないままに死亡するに至ったこと、右大原喜代子はその間他の男子と情交関係なく、同訴外人との同棲生活を続けていたことをそれぞれ認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。そうすると、原告らは右訴外人の子であり、かつ、同訴外人が原告らを認知しないまま死亡したものといわなければならない。

よって、原告らの本訴請求は理由があるから、これを認容すべく、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、人事訴訟手続法第三二条第一項、第一七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島孝信 裁判官 田畑豊 松島和成)

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